#コラム

大分、後藤姫だるま工房へ

大分、後藤姫だるま工房へ

大分県竹田市に伝わる姫だるま

竹田市は、人口約1万7千人の自然豊かな城下町。
後藤姫だるま工房も、周りには小川や緑と自然の中に佇んでいた。

今回の企画を進めるまで、正直、竹田市という街のことも知らなかった。
それは竹田市に限ったことではなく、この企画を通して知れた町や文化に沢山出会うことができた。
そしてどの文化もそこで生きる人々の生活に根づいており、歴史を感じ取られた。
例えば、マグネシウムを含んだ土壌と不純物のない清流を活かして和紙作りを定着させた島根の石州和紙や、日照時間と水はけ、霧の発生による環境から育った静岡のお茶作りなど、その土地の環境を活かしながら文化が発展していた。

〈姫だるまについて〉
約370年の歴史を持ち、江戸時代に城下町で生まれた夫婦の絆の物語から始まる。
「家庭円満」「商売繁盛」の象徴として女性の起き上がりだるまが作られるようになり、下級武士たちの貴重な内職として広がる。

また、竹田市では昭和初期まで「投げ込み」という正月行事があった。
お正月に若者たちが各家庭の家の中に姫だるまを投げ入れる風習だ。
投げ込まれた家は「福が入ってきた!」と喜び、一年の家内安全を祈った。

そしてその祝儀でまた次の年の姫だるまが作られていったのである。

太平洋戦争の後、一度は職人が途絶え風習も消滅してしまったが、「この文化を消してはならない」と、後藤姫だるま工房初代の後藤恒人さんが復活させる。

いざ、歴史ある後藤姫だるま工房へ

「こんなところまで、どうもありがとう」
そう言って出迎えてくれたのは三代目の久美子さん。包み込む笑顔で私たちを癒してくれた。

一軒家の一間で、二代目の明子さんと二人で作業を進める。
温かい日差しが差し込むお家の中で、そこだけ時間が止まったような穏やかな空気が流れていた。
静かで居心地が良く、訪れた人を優しく受け入れてくれる。

お顔を仕上げるのは、明子さん。
真剣な眼差しで丁寧に、一つ一つ手作業で仕上げていた。
「何年経っても魂を吹きこむ瞬間は緊張する。」作業の後、笑顔でそう話してくれた。

おしろい塗りと、松竹梅の模様を描くのは久美子さん。
手間ひまかけて、心を込めて仕上げられていく様子を間近で見ることができた。

二人ともの、するすると滑らかに動く筆の動きは長年ここで作られてきた歴史を感じられた。

姫だるまには、家庭円満・安産祈願・商売繁盛、そんな想いが込められている。
受け取った方のしあわせの縁が続いていくようにと、お二人の手で送り出される。
「毎回、我が子を送り出す気持ち。」そう語ってくれました。

大切なこと

一通り作業が終わったあと、久美子さんから貴重なお話を聞かせていただいた。

「姫だるまは女性の地位が低かった時代に、『家で笑顔でいてほしい』という男性の想いから生まれ、370年以上この土地で受け継がれてきた。

家族の心を繋ぐ、そんな橋渡しになりたい。
家で女性が笑顔でいるのが一番だから。もちろん大変なことはあるけど、それでも笑顔を忘れずにいたい。

そして、当たり前は当たり前じゃないと気づくこと。
家族や周りの人たちに支えられていることに感謝することが大事。」

そんなことを話してくれた。

笑顔でいること、当たり前ではないということに気づくこと。
一言で言ってしまうのは簡単だが、平凡な日々や、はたまた忙しさの中で忘れてしまいがちなこと。

目を見て真っ直ぐに、気持ちは強く表情は穏やかに伝えてくれる様子が心に響いた。

あなたの夢は何ですか

明子さんも久美子さんも、後藤家に嫁いできた二人である。
結婚して家族の一員として加わり、そして初代の恒人さんの想いを引き継ぐ形で作り続けている。

二人の関係性も素敵だった。

三代目を務める、久美子さんの夢。
「私、80(歳)!お義母さん100(歳)!までこの仕事を続けること」

そんな夢を笑顔で話す久美子さんと、向かいに座って笑顔で聞く明子さん。

一日たりともこの時間が長く続くように。
そう願いを込めながら今日も二人で向かい合って作業を進める。

人との繋がり

アクセスが良いとは言えないかもしれない。

それでもここには毎年訪れる人たちがいる。
人が人を呼び、縁を繋いで広がっていく出会いがある。

それはきっとこの二人に会いたいのだと。そう強く感じた一日。

後藤姫だるま工房
HP:https://goto-himedaruma.com
住所:〒878-0035 大分県竹田市吉田889-1

Photographer
FU-KA

Videographer
yuki

ラヴィ・ファクトリー
山本 楓花